本研究では,人との協働過程を通して新たな知を創成する知的情報処理システムとして,認知ミラーリングシステムを提案・開発します.認知ミラーリングとは,人の感覚から運動に至る認知プロセスを鏡のように映し出し観測可能にする情報処理技術で,自己の認知過程の客観的理解と周囲による認知過程の共有を可能にします.本システムにより自閉スペクトラム症などの発達障害者が抱える見えにくい困りごとを客観化,及び定量化することで,当事者の自己理解を促進し,障害の個人/社会環境への帰属を明らかにします.さらに,学習・就労支援に本システムを応用することで,これまでに類のない当事者視点からの支援と合理的配慮の設計を実現します.
本研究課題は認知ミラーリングシステムの開発と,それを支える当事者研究による認知(障害)原理の提案,原理を具現化し検証する計算論的神経回路モデルの開発,そしてシステムの社会実装として発達障害者の学習・就労支援を担当する4グループで構成されます.
1. 認知ミラーリンググループ(長井志江@東京大学・研究代表者)
研究題目:認知(障害)原理に基づく認知ミラーリングシステムの開発及び評価
研究概要:人間の認知過程を映し出す認知ミラーリングシステムの開発と,実験室環境でのシステム評価・検証を行います.システムは2種類で,感覚過敏・鈍麻の発生過程を再現するウェアラブル型シミュレータと,人との対面・操縦インタラクションを通して認知過程を学習・推定するロボットシステムを開発します.これらの開発過程で得られる発達障害者の知覚・運動データを当事者研究グループと計算モデルグループにフィードバックすることで.認知(障害)原理の仮説生成とモデル検証をサポートし,開発したシステムを障害者支援グループに提供することで認知(障害)原理に基づく障害者支援を実現します.
2. 当事者研究グループ(熊谷晋一郎@東京大学・主たる共同研究者)
研究題目:認知(障害)原理の提案及び検証
研究概要:発達障害者の内部観測者視点から認知機能と障害の発生原理を探求します.当事者研究会で収集される主観的エピソードや行動・臨床実験を通して得られるデータ,さらには認知ミラーリンググループから提供される知覚・運動データをもとに,予測符号化理論に基づく認知(障害)原理を提案します.原理仮説は認知ミラーリンググループと計算モデルグループに提供し,グループ間の協働によりその妥当性を検証します.
3. 計算モデルグループ(山下祐一@国立精神・神経医療研究センター・主たる共同研究者)
研究題目:認知(障害)原理を検証する神経回路モデルの開発と評価
研究概要:人間の認知過程を再現し構成的アプローチから検証する計算モデルを開発します.当事者研究で提案される認知(障害)原理を予測符号化理論に基づき具現化し,発達障害を含む多様な認知過程をパラメータ変動として再現する神経回路モデルを設計します.そして,モデルの実験結果を当事者研究グループにフィードバックすることで,認知(障害)原理の仮設の検証と精緻化に貢献します.また開発した神経回路モデルを認知ミラーリンググループに提供することで,認知ミラーリングシステムの開発を促します.そして,同グループから提供される認知・行動データをもとに神経回路モデルを改良することで,相補的に認知(障害)原理の解明に貢献します.
4. 障害者支援グループ((株)LITALICO・研究参加者)
研究題目:認知ミラーリングシステムを用いた発達障害者の学習・就労支援
研究概要:認知ミラーリングシステムを社会環境で活用し,発達障害者の個性の評価とそれを活かした学習・就労支援を実現します.認知ミラーリンググループから提供される認知ミラーリングシステムを用いて発達障害当事者を対象に認知特性評価実験を行い,自己理解や自己肯定感の向上を検証します.また,家族や支援者,教師,企業などを対象に認知ミラーリングシステムの体験・研修会を実施することで,発達障害者の認知特性とその困りごとを社会的に共有し,当事者にとって真に役立つ支援カリキュラムや合理的配慮の提案につなげます.これらの活動を通して得られる当事者や支援者からの要求を認知ミラーリンググループにフィードバックすることで,システム改善と新たなシステム設計に貢献します.
JSTインタビュー
- JST AI時代と科学研究の今, “認知ミラーリング:認知過程の自己理解と社会的共有による発達障害者支援,” 2018年2月.